申如録

日常生活で考えたことなど

玉を食うばけものの話

 むかしむかしあるところに、玉(ぎょく)をたべるばけものがいました。玉とは日本や中国などでたいせつにされてきた、きれいにみがかれた石のことです。玉はきれいですべすべしているので、みんなほしがり、たからものにしてきました。

 玉をたべるばけものは、ばけものといっても姿かたちはふつうの人間となにもかわりません。ことばだってしゃべれますし、うれしいときには笑ったりかなしいときには泣いたりもします。ただ、おなかがすいたときだけ、どうしても玉がたべたくなってしまうのです。これさえなければ、ぼくもふつうの人間になれるのに。ばけものはそれがとてもかなしく、まいにち泣いてすごしました。

 ある日ばけものが山のなかをあるいていると、村のこどもたちがあそんでいるのに出くわしました。ばけものはかくれようとしましたが、こどもたちがあんまりたのしそうにあそんでいるので、勇気をだしてこえをかけました。
 

「ねえ、ぼくもなかまにいれてよ」

「なんだ、みたことないな」「だれだだれだ」「となりの村のこどもかな」
 

 こどもたちは顔をみあわせてひそひそとはなしています。そのとき、ひとりのこどもが

「こいつ、しってる! 玉をたべちゃうばけものだ!」

とさけびました。ばけものは、しんぞうがどきどきして、むねがくるしくなって、思わずこどもたちにむかってよろよろと近づきました。
 

「くるな、ばけもの!」

「ぼくはばけものなんかじゃないよ、見た目だって、ほら!」

「でもおまえは玉をたべちゃうじゃないか、やっぱりばけものなんだ!」

「ぼくはばけものなんかじゃないよ、ことばだって、ほら!」

「でもおまえは玉をたべちゃうじゃないか、やっぱりばけものなんだ!」

「ぼくはばけものなんかじゃない、ばけものなんかじゃないんだ、きみたちとなかよくしたいだけなんだ、おねがいだから」

「ばけもの! ばけもの! ばけもの! あっちいけ!」
 

 ばけものは、いつもこうしてなかまはずれになってしまうのでした。また、じぶんでも、そうなることをこころのどこかでわかっているのでした。ばけものは、とぼとぼと山のなかをあるきはじめました。
 

 ばけもののすむ山のちかくには、べんかというひとがすんでいました。べんかというのは、王さまに玉をつくってプレゼントしたこともある、とてもえらい職人さんです。べんかには両足がありませんでしたが、かれのつくる玉はせかいでいちばんきれいでした。

 ある日のよる、べんかがねていると、ばりばりと音がするのがきこえました。ばりばりばり、ばりばりばり。音はべんかがふだん玉をつくるへやからきこえてきます。ばりばりばり、ばりばりばり。べんかはそっとへやに近づき、ふすまをすこしあけてなかをのぞきました。

 なかでは、ばけものがべんかのつくった玉をたべています。ばりばりばり、ばりばりばり。こんなにおいしい玉はたべたことがありません。ばけものはこっそりたべていたつもりでしたが、べんかのつくった玉があんまりおいしいので、いつのまにか夢中になってたべていました。

 けはいに気づいてばけものがふりかえると、そこにはべんかがおどろいた顔をして立っていました。
 

「ご、ごめんなさい!」
 

ばけものはあわててあやまりました。
 

 べんかはしばらくぼうぜんとしていましたが、やがてにっこり笑って
 

「いいんだよ、このへやに置いてあるのはじつは失敗作ばかりなんだ、だからえんりょなくおたべ」
 

 ばけものはえんりょしようとしましたが、しばらくずっと玉をたべていなかったので、けっきょくおなかいっぱいになるまで玉をたべてしまいました。すると、急にねむけがやってきて、ばけものはその場にへたりこんでしまいました。べんかはばけもののために毛布とまくらをもってきてやり、ばけものはあっという間にすやすやとねむりました。
 

 つぎの日のあさ、ばけもののとなりではべんかが気持ちよさそうにねいきを立てていました。ばけものは今のうちににげようとしましたが、べんかがとてもやさしくしてくれたことを思いだして、せめてお礼を言おうとべんかがおきるのをまっていました。

 やがてべんかがおきると、ばけものはあわてて地面にすわりなおし、あたまをさげて言いました。
 

「きのうは、ありがとうございました。たいせつな玉をたべてしまって、ごめんなさい」
 

するとべんかは、
 

「ああ、いいんだいいんだ。あれはほんとうにつかわないもので、もうすぐすててしまうところだったんだよ」
 

 ばけものは人にやさしくされたことがないので、べんかのうそには気づきません。あれはべんかがこれから売ろうとしていた玉だったのです。それでも、ばけものはべんかにふかく感謝し、なにか恩返しがしてやりたくなりました。
 

「お礼になにかしたいのですが、なにかできることはありませんか」
 

 べんかは両足がないので、思うようにうごくことができません。りょうりをするのもひと苦労。せんたくをするのもひと苦労。そこでべんかは、ばけものにたのみごとをしました。
 

「それなら、井戸から水をくんできておくれ。それと、火をたくのにつかう木のえだを集めてきておくれ」
 

 ばけものはふだんから山のなかにいるので、井戸のばしょも、木のえだがたくさんおちているばしょも、みんな知っています。ばけものはよろこんで山へとでかけました。いつもはしかたなく山のなかにいるのですが、今回のようにだれかのために山にいくのははじめてでした。ばけものはすぐに水と木のえだをもってきました。とちゅうできれいな花がさいていたので、べんかに見せてやろうと思っていくつかつんできました。
 

 べんかは玉をつくっているところでしたが、かえってきたばけものを見るとにっこり笑って
 

「ありがとう!」
 

と言いました。ばけものはそれがたまらなくうれしくて、うれしいのになぜかなみだがとまらなくなって、頭がぼうっとしてしまいました。おかしいな、うれしいのにどうして泣いちゃうのかな。ひっくひっくと泣きじゃくるばけもののせなかを、べんかはやさしくなでてやりました。
 

 ばけものがやっと泣きやんでおちついたころ、べんかの頭にはひとつのアイデアがうかびました。
 

「わたしがつくった玉をこの子にたべさせて、そのかわり水くみとかせんたくとか、足をつかわなければ不便なことをしてもらうのはどうだろう」
 

べんかはさっそくこのアイデアをばけものにつたえました。すると、ばけものはよろこんでうなずきました。目はひどくはれていますが、こんどはちゃんと笑ってうなずきました。
 

 ふたりはそれから、とてもなかよく暮らしました。ふたりの家からはたえず笑い声がきこえ、べんかはたくさんのきれいな玉をつくりました。

 そうして何十年もたって、べんかがさきに死んだあとは、ばけもののすがたを見たものはもうだれもいなかったそうです。