申如録

日常生活で考えたことなど

近畿周遊記 その2

  名古屋駅手前からうたた寝をしていた私が目を覚ましたとき、のぞみ号は岐阜の山中にあった。標高の高いところほど雨雲は近い。岐阜の雨雲は手でつかめそうなほど近くに見えた。

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岐阜山中の雲

 雲はわたでできているので手でそっとつかむことができる。優しく扱えばちぎったりくっつけたりして遊べるし、強くにぎれば水滴になる。こすり合わせれば中からゴロゴロと音が鳴る。上に人が乗っていたら、素直に元の場所に戻さなければならない。
 そんなことを取り留めもなく考えていたらあっという間に新大阪駅に着いていた。時刻は13時を少し回ったところであった。

 大阪はさすがに人が多い。エスカレーターの列が右側に変わっているのを見て関西に来たことをしみじみ感じつつ、駅地下のレストラン街に向かった。
 階段を下りて右に曲がるとランチで定食を出している居酒屋があったので入ってみた。私は大阪の粉ものが大好きなので串カツ定食にしようかと思ったが、串カツでご飯を食べるイメージがどうしても湧かなかったので焼肉定食を注文した。大阪の人はお好み焼きでご飯を食べられるという伝説を耳にしたことがあるから、串カツ定食も大阪では案外普通なのかもしれない。
 焼肉定食は写真のとおりおかずの種類が多くてうれしかった。焼肉ももちろん美味しかったが、なぜか特にみそ汁が美味しかった。でも、私が食べている間ずっと火災報知器が誤作動で鳴り響いていてうるさかった。

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焼肉定食

 食後はすぐさま大阪メトロ御堂筋線(名前がかっこいい)に乗り大阪市立東洋陶磁美術館へと向かった。天気は曇り、幸いにも空は明るく雨はしばらく降りそうにない。
 道は覚えているのでまっすぐに中之島を歩き東洋陶磁美術館に着くと、警備員をはじめ美術館関係者が皆あいさつをしてくれた。東京に比べて大阪は人と人との距離が近く、ちょっとしたあいさつだけでも心が通ったような気がする。私はそれが心地良く感じる。
 東洋陶磁美術館では天目の特別展を開催しており、それに常設展示を加えると全体としてとても見ごたえのあるラインナップだった。職業柄、東洋陶磁美術館は3周すると決めているので今日もちゃんと3周した。もちろん疲れはするのだが、1周ごとに「何も考えずに良いモノを見抜く」感覚が増していくのがおもしろくてついやってしまう。
 展示の中には「見立天目」という漆で天目茶碗を再現したものがあり、そのことについて美術館スタッフと色々話す機会があった。スタッフは見立天目がそれぞれどの天目茶碗を模したものなのかを解説してくれ、私はその再現度の高さに驚くばかりだった。写真ではちょっと見づらいかもしれないが、生で見ると本物の天目茶碗そっくりで見ただけではなかなか見分けがつかない。光沢がちょっとなめらかすぎるかな、といったくらいだ。
 そこで私は「天目茶碗と見立天目を判別するには重さを基準にするしかなさそうですね」とスタッフに言った。スタッフは驚いたように笑い、天目茶碗と見立天目では重さが10倍も違うことだってあるとオタクトークを繰り広げてくれた。

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見立天目

 東洋陶磁美術館を存分に味わった後は、予定どおり友人の待つ奈良へと向かうことにした。
 大阪メトロ御堂筋線から近鉄線を経由して奈良へと向かっていたのだが、生駒駅に到着する少し前に雰囲気がいきなり安定したのがわかった。何が何やらわからず車内や窓の外をキョロキョロと見まわしてしまったが、おそらく奈良に入ったのだろうと思った。後に友人が教えてくれたところによると、生駒市は大阪と接しており私が安定を感じた場所がちょうど県境だったのだろうということであった。
 改札を出て友人と無事合流し、雨がしとしと降っていたので傘をさして歩き出した。すると途端に奇妙な感覚が私を襲った。一言でいうなら、腰から下を何者かによってまんべんなく支えられているような感覚だ。こう言ってしまうと気持ち悪いかもしれないが、実際は足腰が安定するようになりとても歩きやすい。奈良の陰陽は安定していると話には聞いていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。大地がしっかり安定している、まさにそんな印象を受けた。
 友人が住んでいるのは学生向けの寮の一室である。友人は学生ではないが、今は新型コロナウイルスの影響で学生が集まらず入居者が0名ということもあり入居することができたとのことであった。最大9名を受け入れ可能な寮の中は、一人で住むにはいささか広すぎるくらいのスペースがある。私はここまで広々としてしまっては悠々自適ではあっても寂しくなることだってあるだろうと思った。後に本人もそう言っていた。

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寮のリビングから中庭を望む

 私が泊まる寮の空き部屋は小綺麗で7畳ほどの広さがある。寮には洗濯機等をはじめ生活用品が一通り揃っているにもかかわらず(それに加えてタオルを貸し出してくれた!)、宿泊費は1泊3,300円という破格の安さだ。壁には水墨画の掛け軸があり、布団からは柔軟剤の良い香りが漂っている。
 友人と会うのは半年ぶりだったので、本当にたくさんのことを話した。友人といってもただの友人ではない、私の一番の友人だ。一緒にいる間はずっと話していたし、ずっと笑っていた。
 寮に着いてからは水道水をたくさん飲んだ。友人の勧めにしたがって普段あまり飲まない水道水を飲んでみたらけっこう美味しくて驚いた。着いてから寝るまでの間に、誇張抜きでコップ10杯は飲んだのではなかろうか。友人とは「身体の60%が水分だから奈良の水をたくさん飲んで全身奈良になろうね」という話をしていた。
 夕食はKALDIレトルトカレービーフカレーグリーンカレー)を食べた。辛くて汗がたくさん出たが、美味しかった。

 明日は朝一で興福寺に行き、そのまま伊勢神宮へと小旅行をする予定である。世界遺産をハシゴする贅沢な一日となりそうだ。